花譜「花女」の意味 歌詞考察
けいです。
先日の【花譜 2nd ONE-MAN LIVE「不可解弐Q2」】素晴らしかったですね。
初めて花譜のライブを見ましたが圧巻でした。
さて、先のライブでも披露された楽曲「花女」。
本日はこの曲の歌詞について、私なりの解釈を綴っていこうと思います。
まだ聴いたことのない方は必ず、この記事を読む前に一度聴いてみてください。
1.登場人物
この物語に登場するのは、
- 私(=花女)
- 君(=彼)
この2人のみです。特に「私」をピックアップすると、
- 昔の私
- 未来(今)の私
といった2人の「私」がいます。ここが少し複雑かもしれません。
「昔の私」というのは「君」と出会う前、ないし
「じゃあ私の部屋に置こうか」
と零すまでの自分。強がり続けた少女時代の「私」。
少女、と言いましたが年齢についての断定はありません。しかし「未来の私」へのモノローグでは
(本当普通の大人になったね)
と発することから当時はまだ大人になり切れていなかったのだと推測できます。
「未来の私」は変化する心に気付いてしまった「私」。
ごめんねお別れだ
人生は一度きりだ
互いの吐息が手を繋ぐ
きっかけはいつも花だ
さよなら さよなら
今までの私
この瞬間に「昔の私」とは決別します。
歌詞全体を見てみると、括弧が付いた歌詞がありますね。「未来の私」へのモノローグにも見られることから、これは「昔の私」のセリフなのだと思って間違いないでしょう。
2.「私」の人物像
まず、「私」の性格をまとめておきます。
- それなりに味方もいて敵もいた
だけどなぜか嫌われてばっかな気がした
見下されたくない
見た目や上部が全てでそれ以外全部いらない
⇒疑心暗鬼にとらわれ、周りに心を許さない一匹狼のような気の強さ
- 君だって最初は敵だった
愛想笑いばっか浮かべて
私のこと本当は苦手なんだと日々を紡いでも疑った
⇒笑いかけてくる相手すら自分に心を開いていないのだと勘繰るほど強情
- 「そんなもの価値なんてないでしょ?」
⇒廉直だが若干卑屈ぎみ(相手が「君」だったからかもしれません)
- 私は強がり何も言わずにため息をつく
それでも何かあるたびに花をあげた
⇒ツンデレ?
以上が「私」です。
ここまで読み解くと、
ある日駅前で花を買った
あげたのはなんとなく君に似合うかと思って
この歌詞は非常に奇妙で不可解なものです。
なぜなら、現代において
女性から男性に贈り物をするとき花を選ぶ女性はそう多くなく、
女性が男性に花を贈ることは習慣として定着していない
からです。あくまでも一般論で確然たるものではありませんが。
恋人ないし好意を向ける相手であるか、特別なお祝い事でもない限り女性が男性に花を贈るというのは、かなりハードルが高いのではないでしょうか。
この時点で「君」に好意を持っていたのでは?とも考えられますが、その可能性は低いと思われます。その理由を見ていきましょう。
3.なぜ「君」に花をあげたのか
花譜の「花女」は、冒頭で述べたように花譜の表現力が光る曲です。
「君」のセリフを除けば、この歌詞は常に「私」視点であり、
序盤は常に淡々と歌い上げています。
「じゃあ私の部屋に置こうか」
ここでパニックに陥るかのように歌い方がシフトします。それまでの淡々とした歌い方は今後一切無くなり、以降は強く感情の込められた歌となるのです。
この瞬間から、「私」は「君」に好意を向けていることを自覚します。
逆に言えば、感情の込められていないここまでの歌は恋心に気付いていない「私」と言えるでしょう。
ではなぜ、好意の向いていない相手に花を贈ったのか。
そこに込められたのは、ほんの少しの皮肉かもしれません。
あげたのはなんとなく君に似合うかと思って
女性ならともかく、男性に似合うと言って花を渡すのはやはり受け取り方が難しいでしょう。
愛想笑いばっか浮かべて
私のこと本当は苦手なんだと
日々を紡いでも疑った
嫌い、でなく苦手なんだ、と言っています。
だけどなぜか嫌われてばっかな気がした
他の人間に対してこう思い続けた「私」は、「君」からは苦手と思われていると感じています。それは、恐らく「君」の内気な性格がそうさせたのではないでしょうか。
それを踏まえると、怯えながら愛想笑いばっか浮かべる「君」の臆病で男らしくない部分、そんなところを嘲る意味で花を贈ったのではないか、と個人的には解釈しています。
※あくまで一般的な認識での男女について考えたものです。
4.「花女」という言葉の真意
曲名やシングルタイトルに度々登場する 「花」という言葉。
由来は不明ですが、花譜というアーティスト自身の名前にも用いられるほど大切にされているようです。
では、「花女」とは何なのか。
「じゃあ私の部屋に置こうか」
(え? なに言ってるの? )
(今まで敵だったんだよね?ねえ)
(彼を好きにでもなった?)
「ああそうだよ私は好きなんだ彼のことが」
(ねえ 忘れたの?)
(本当は全部わかってるんだよね?)
(人は人を見下すものよ)
彼は違う
(違うって何?)
(簡単に信じれるなら勝手にしなよ)
(ねえ花女)
「君」への気持ちに気付いてしまった「私」と「昔の私」との諍いの最後に「花女」と吐き捨てられます。
花をきっかけに変わってしまった「私」への罵倒のように感じられます。
しかし、後にわかるように「私」は変化を受け入れ「昔の私」と決別します。
「花女」である道を選んだのです。
どちらが正しい、というものでもありません。
大好きを言える
それだけでいいの
これから何度傷つけあって
間違ってるなら教えてほしい
この花に誓う
大好きよ
一度きりの人生を、傷つけあってでも「大好き」と言える、ただそれだけの道を選んだ。
(拝啓 未来の私)
(本当普通の大人になったね)
(本当普通の大人になっちゃったんだね?)
(くだらない くだらない )
(過去の痛みは全部消えない)
(敵だって消えるわけじゃない)
(わだかまりを抱えて生きて)
(そして美しく散っていけばいい)
(揺れて溢れ落ちた花のように )
再び「昔の私」は罵倒を浴びせ、最後まで「花女」を嘲り続けます。
変化を選んだ「未来の私」をどう感じるか、聴く人によって受け取り方が違ってくるのではないでしょうか。
「私」は変わったのか、それとも変わってしまったのか。
恋を知らない少女が恋を知りハッピーエンド、なんて物語だとは思いません。
もう一度言いますが、どちらが正しい、というものではないのです。
この曲を聴いた人の数だけ、それぞれ千差万別の解釈がある。そんな感じ方の多様さが「花女」の魅力の1つなのだと思います。
しきたりなんかはいらない
世間体も忘れ去った
花束を持って君の元へ
それだけでいいんだ